こんにちは。瀧口です。
8月9日(火)実施の『化石発掘体験ツアー ~ 2000万年前の地球への旅 ~』の報告をいたします。
京都駅から岐阜県瑞浪市(みずなみし)までバスで移動。
この日は最高気温が39℃! という日でしたので、昼食はバスの中で食べました。体力温存です。
昼食後、野外活動実習地へバスで移動します。
発掘現場は風が吹いていたので思ったほどの暑さではなかったのですが、熱中症予防に休憩を取りつつ実施しました。
発掘後は、自分の発掘した化石を持って、化石博物館へ行きました。
こういうとき、低学年の子の方が「これかな?」「これかな?」とそれっぽいものに行きあたります。
高学年の子は「なんかちょっとちがう……」と言って、決められません。
「絶対に、確信的に、コレ」というものに出会わない限り、書けない雰囲気の子が多かったです。
人の顔が1人1人ちがうのと同じように、化石の1つ1つも微妙にちがうのでぴったり同じで「絶対コレ!」というものはまずありません。近いところに絞り込んで、その中でも一番近いもの、という考え方で正解ににじりよっていって、最後は「もしかしたらちがうかもしれないけれど、たぶんこれ」という考え方にするしかありません。
「正解でないとダメ」「マルか、バツ」「答えがある」という教育を受けているので、正解でない可能性があるのであれば、しない。という選択をするのが当たり前です。
行動しなければ、間違いにはならない。バツにはならない。身を守るには良い選択ですよね。傷つかない。
でも社会に出たら、正解かどうかわからないことを、それでも、やる。ということをしないとイキイキと生きていけません。
そういう「正解かどうかはわからないけれど、たぶんこれだろう。これということにする。」を決める訓練の場になったかなーと思います。
間違いをしたらダメじゃないの? と思う方もいらっしゃるかと思います。
それは、そのとおりです。できれば正解の方がよい。でも、実際問題、無理なんですよ。神様じゃないので。すべて全問正解の満点で生き続けるなんてできない。「分かっていることしかしない」場合はできますが、それでは面白くない。
たとえば「オビラプトル」という恐竜がいました。この恐竜の名前の意味は「卵泥棒」です。別の恐竜の卵と思われる巣のそばで発見されたので、卵を食べていたのだろうということでつけられた名前です。
しかし近年の研究で、その卵は、オビラプトルの卵であることがわかりました。オビラプトルは、巣で卵を育てていたのです。つまり、濡れ衣です。卵泥棒どころか、子育て(?)恐竜だったわけです。
じゃあ、卵泥棒と名付けた研究者はダメかというと、そうではないでしょう。そのときに調べられる範囲の全力で研究して、これは、こうだと考えられる。という説を唱えた。
その説が検証されて、その結果、さらに真実が分かっていった。
もちろん適当にやって間違えるのはよろしくないですが、ちゃんと考えてやって、それでも間違えちゃうのはもう、「しょうがない」と受容しないと。何もできません。
全力でやる。その結果がどうなっても、それはもうしょうがない。人事を尽くして天命を待つ。そう考えられる強さを。
最後は一日のふりかえりをして終了です。
どんな化石が掘れ、どんな感触だったか。どんなことを感じたか。
大変暑い日でしたが、元気に活動し、みんな元気に帰っていきました。
化石というと、なんだかどこか遠い異国の世界のもののように感じます。自分の世界とは隔たりのある物。でも、実際に、自分で掘ることができます。
そういう経験をすることで、世界中のあらゆるものも、どこか遠くに感じたとしても、自分にも触れられるものであり自分と関係しているんだなーと感じてくれればと思います。自分と、世界とは、つながっている。
それがきっと「どうにもならないと思うことでも、実はほとんどのことはなんとかなる」と知ることにつながり、自分の人生を自分らしく豊かに生きる力になっていきます。
以上です。ありがとうございました!
ガリレオサイエンス教室 瀧口幹浩